クリスマスも過ぎ、いよいよ新年を迎えるにあたり、一年で一番あわただしく感じる時期になりました。
年賀状ももう投函していないと元旦には届かないという期間に入っています。

年賀状を初めて送ったのは小学校に入ってすぐだったように思います。
当時はクラス名簿も堂々と配布され、お友達に年賀状を書く、というのが冬休みに入ってすぐの一大イベントでした。
学年があがるにつれて、子どもなりに、この子に出したらあの子にも出したほうがいいかな、先生にも出そう、等々、年賀状リストを作って両親に年賀状の必要枚数を伝えていたのを思い出します。
いざ書くとなると何を書こうかと迷い、毎日会っているお友達にも、どんなことを書こうかとわくわくしながら書いていたように思います。
おうちが近いお友達には自分で届けることもありました。
そして、何より元旦の朝、ポストに届く年賀状が待ち遠しくて仕方がありませんでした。

話はそれますが年賀状と言えば、毎年父と母が合作で干支の版画を刷り、ストーブの前で乾かしていたのを思い出します。
現在古希を超えた二人は、数年前からデジタル化の波にのって手間を省くためプリンターを使用するようになりましたが、いまだに版画の年賀状のことを覚えていてくれる友人もいて嬉しく思います。

さて、子どもの頃は書くことにわくわく、受け取ることにわくわくしていた年賀状、年を重ねるにつれてだんだんと書くことは面倒となり、もらうことは以前と変わらず嬉しい代物となっていました。
仕事関係のお付き合いとしての年賀状が増えたせいもあるかとは思いますが、どうしてこんなに大量にこんなお金をつぎこんで・・・世の中メールという便利なものがあるのに・・・と。
それでも、年賀状を送り続けたのはやはり年賀状を受け取る喜びが何ものにもかえられないものだったからだと思います。

そんないやいやながらの年賀状書きが、ここ数年、また少しずつ昔のわくわくしながら書いていた頃のように、書くことの楽しさを実感できるものとなってきています。

というのも、結婚して子どもが生まれ、仕事を辞めたこともあって、送りたい人にだけ自分の現況報告をかねて送れる気軽さ、また、年賀状に使う写真を選ぶ、写真のレイアウトや文章を考える作業の楽しさ、等々、これまでにない楽しさがそこにはあります。
ここ数年の年賀状を見ると、「家族のアルバム」そのものです。

年賀状を「贈る」というコピー、とても意味があると思います。
そういう気持ちでこれからも贈り続けていきたいと思います。

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